想 い 出 し 注 意



「で、あるからー、中世ヨーロッパではー・・・」
午後の授業はとても退屈。特に山崎じーちゃんの西洋美術史だともう最悪だ。
祝詞のように教科書の文章を朗読するだけなんだから。
こんなこと勉強して将来何の役にたつのかしら。
だんだん祝詞が子守唄のように聞こえてきて、あたしは目を閉じかけた。
ダメ、ダメ。
寝ちゃダメだ、寝ちゃダメだ。
そうあたしは自分に言い聞かせるが、あたしの瞼は、まるで閉店間際の店が降ろす
シャッターのように、ゆっくりと瞳を覆う。
そうだ、こういうときは、スキな人のことでも考えよう。
あたしは、彼氏のことでも考えることにした。

こーちゃんは社会人であたしは学生だから、なかなか会うヒマがない。
最後に会ったのが先週で・・・こーちゃんちょっと疲れてたな。
買い物つきあってもらって、ご飯たべて、ちょっと観覧車なんて乗っちゃって・・・
その後は・・・・その後は・・・・

・・・・・・。

やばい。
思い出すと、ムズムズしてきた。
ついそのときのことを反芻してしまう。
優しくあたしの服のボタンを外す手。
柔らかな唇。
覆いかぶさるときのずっしりと感じるこーちゃんの重たさ。
湿った肌。こーちゃんのニオイ。

ダメだって、思い出しちゃ!
あたしは足を小刻みに動かしてなんとか耐えようとする。
けど、忘れようとすればするほど、残像は消えない。
下着が湿って、気持ち悪い・・・
ああ、したい。こーちゃんとしたい。

こんなのはしたないって思うかな。
女の子からエッチしたいって言うなんて、軽蔑されちゃうかな。
でも、もう頭のなかはそればっかりで、あたしは発狂しそうだった。
ああ、早く終わってほしい。こーちゃんのとこに飛んでいきたいのに!
時間は残酷にもゆっくりと流れている。
眠気は吹っ飛んだけど、 眠いのよりタチ悪いかもしれない・・・・。

「・・・じゃ、次の問題、有坂さんわかるかな?」
いきなりじーちゃんに呼ばれて、あたしは素っ頓狂な声をあげて立ち上がった。
みんながクスクスと笑っている。
「え、えっと・・・なんでしょうか?」
「今の話、聞いてませんでしたね?」
じーちゃんは牛のようにあむあむと口を動かしながらそう言った。
「・・・・はい、すいません」
「廊下に立っていなさい」
おっとりと、だけど有無を言わさぬガンとした響きで、じーちゃんはそうあたしに命じたのだった・・・。

「どーしたんだよ、いきなり会いたいだなんて」
突然押しかけたにも関わらず、こーちゃんは優しく部屋に迎え入れてくれた。
「今日は残業なかったからよかったけどさ」
「うん、ごめんね」
「で、何?」
アイスコーヒーを注いだグラスをあたしに手渡して、こーちゃんもどっかりとソファに腰を下ろした。
「えっと、えっと、あのね」
「んー?」
喉がかわいていたのか、こーちゃんはぐびぐびと一気にコーヒーを飲み干す。
あたしは、ぎゅっとグラスを握り締めた。
「あたし・・・・」
「・・・・・・・・」
「したく、なっちゃって・・・・」
ぴた、とこーちゃんの動きが止まった。
「何を?」
「・・・だからー、そのおー・・・」
ごにょごにょと口ごもるあたしの言葉を、こーちゃんがさえぎった。
「あ、セックス?」
途端にあたしの顔が真っ赤になった。
「うわ、すごい顔。真っ赤っか」
「ちょっとー!そんなあっさり言わなくてもいいじゃない!!!」
あたしがなかなか言えずにいたその単語を、さらっと言ってのけるこの人が憎らしかった。
「いいじゃん別に。恥しいことじゃないぞ」
「だって!女の子から言うなんて!その・・・・淫乱みたいじゃない!」
こーちゃんはポカン、と口を開けていたが、そのあとゲラゲラ笑い出した。
「お前案外細かいこと気にするのなー」
「な、なによ!当たり前じゃない!」
「はははは、カワイイカワイイ」
こーちゃんは笑いながらあたしの頭をぐしゃぐしゃとなでた。
「バカにしないでよー!もおー!」
なんだか子供扱いみたいでだんだん腹が立ってきて、あたしは涙が出そうになった。
「いやいや、マジで嬉しいんだけど?」
こーちゃんは、あたしをいきなりひょい、と抱きかかえた。
「きゃあ!?」
「そういうことなら早速ベッドに行こうじゃないですか、お姫様」
冗談めかしてあたしのオデコにキスをする。
「もうっ・・・」
こんなときにこんなことするなんて、卑怯だ。
「そういうときは素直にいいなさい♪」
「うう・・・」
なんだかんだ言って、こーちゃんには勝てないなあ、と、あたしは心地よい敗北感に
包まれつつ、おとなしく胸に頭を預けた。