穢 れ た 足



鳥篭

カン、カン、カン、カン。
規則的に響く足音で、私はまどろみから抜け出した。

ああ、帰ってきたな。

コツ、コツ、コツ、コツ。

足音はゆっくりと、私のいる部屋へと向かってくる。

ガチャリ。

扉が開かれた。

「ただいま、ユカ」

フレームのない眼鏡をかけたその男は、目を細めて微笑んだ。
「ああ、ここは涼しいな、外は暑くてかなわないよ」
男はネクタイを緩めて、シャツのボタンをひとつ外した。
「そうだ、おなかすいてるだろう?三越の地下でケーキ買ってきたんだ。食べるかい?」
上品な、白い箱に入れられたそれは。
きっと、中身はーチョコレートが惜しげもなく使われた甘くほろ苦い「石畳」に違いない。
それはかつて私が好物だったものだ。
男は上機嫌で、もう一つの袋を私の目の前で掲げてみせた。
「夏服が安くなってたからね、新しい服も買ってきたよ。きっとユカによく似合うと思うよ」
綺麗なパステルピンクに、銀色の猫が描かれた袋。以前私が「欲しいけど高くて手が出ない」と
ぼやいていた店のものだ。
だが、今の私にはそんなものはどうでもよかった。
「・・・ねえ」
私は、男の背中に向かってひとつの希望を言ってみた。
「外に、出してよ」
振り返った男の顔は、まったくの無表情だった。
「・・・どうしてそんなこと言うんだい?」
「どうしてもこうしてもないわ。こんなの異常よ」
私は、自らの右足首に縛り付けられたロープを蹴り上げた。
ロープは弱弱しく波打つだけだ。
「自分の妹をどこにも行かないようにロープを柱にくくりつけて閉じ込めとくなんて。犯罪だわ。
この変態!」
私の兄であるところの男の顔はぐにゃりと歪み、みるみるうちに怒りで顔が真っ赤になった。
ガッ!
鈍い音がし、視界が一瞬真っ赤になった。
口の中に、錆びた鉄の味が広がる。
ああ、また口切れちゃった。こないだ治ったばっかりなのに。
熱いもの食べるとき、案外しみて嫌なのよねえ。
そんなのんきなことを考えていると、次はいきなり襟首を捕まれた。
「外に出せだと?ふざけるな。お前みたいな馬鹿が外で生きていけるわけないだろうが!」
「馬鹿はどっちよ、変態マザコン野郎!警察に訴えてやるから!」
「出来るもんならやってみろ! 」
兄の手が私の咽元を押さえつけ、ギリギリと締め上げる。
「う・・ぐ・・・・」
気道が狭まる。喉に何かを押し込められたような感覚。苦しい。
締められる時のニワトリはこういう気分なんだろうか?
真っ白になった私の顔を見て、兄は慌てて手を離した。

「う・・・げっ、ごほ、ごほっ」
いきなり呼吸が自由になり、私はむせて咳き込んだ。
「ごめんよ、ユカ。ついカッとして・・・大丈夫か?」
兄が優しく私の背中をさする。
「ごめんよ、ユカ、ごめんよ」
返事をしない私の肩を抱き、後ろから覆いかぶさるように抱きしめられた。
「お前まで何処かに行ってしまったらと思うと、怖いんだ、怖くてたまらないんだ」
兄は、いつしかしゃくりあげていた。
兄の流す涙で、洋服が湿っていて気持ち悪い。
「オレを捨てないでくれよう。一人にしないでくれよう」
兄はいつまでもしくしくと泣いている。
私は、ただ黙ってだらり、と人形のように手足を投げ出すしかなかった。


「ああ、やっぱりその服、よく似合っているよ」
数分後、寝室で私は兄にプレゼントされた服を着せられ、膣にはバイブをくわえ込まされていた。
バイブは何度使っても、慣れない。
無理やり押し広げられる感じが不愉快だ。
ウインウインウインと、不自然なほど大きな音でバイブが唸る。
「ダメだよ、ちゃんと奥まで咥えないと」
兄は容赦なく、バイブを奥まで押し込んだ。
「ぐっ・・・」
体の中で、バイブがくねる。
それに合わせて、私の体も自然に動いてしまう。
「やっぱりあの女にそっくりだね、お前は」
「・・・・い、っしょに・・・しないで・・・・」
「ほおら、ケーキも食べなよ、美味しいよ」
兄は私の言葉を無視して、石畳を私の口に押し込む。
「う・・・ぐふっ」
茶色のクリームが口の周りにべったりと張りつく。
「ダメだなあ、ユカは。いつまでたってもちゃんと食べられないんだから」
兄は私の口についたクリームを舌でべろべろと舐め取った。
唇を割り、歯の間に舌をさしこむ。
「ん・・・ふっ・・・」
兄にこうされると、力が抜けて、抵抗する気力を失ってしまう。
「バイブじゃ、足りないだろ?」
「う・・・・」
耳元で囁かれ、私はしぶしぶ頷く。
「・・・はい・・・」
「欲しい?」
「・・・・欲しい、です」
「良い子だね」
兄はにっこりと笑い、バイブを引き抜いた。

「あ・・・う・・・あああっ」
私の胎内にはバイブではなく、兄のそれが代わりに差し込まれている。
「ああ、やっぱりユカの中はキモチイイよ」
兄が大きく溜息をついて、腰を押しつけてくる。
子宮に兄のそれがごりごりと当たる。
私は大きな声をあげて、腰を振った。

数年前、母が私たちを捨てて、男と逃げた。
母に溺愛されていた兄は、それから私と関係を持つようになった。
兄に犯されるたびに、私は嫌で嫌で嫌で吐きそうだった。
抱かれるのが嫌なのではない。
嫌なのはー

「・・・ユカ、は、母さんみたいに捨てたりしないよな?」
「・・・ん・・・・・」
「なあ?ユカ?そうだよな?」
「・・・・捨てないよ、捨てないから・・・・」
私は、あえぎながら、その言葉をつぶやく。
兄は、それを聞いてやっと安心したように、私を抱きしめるのだ。

そう、兄は私など見ていない。
私を母の身代わりにしているだけだ。
そして、私もまた、兄にいいようにされて逃げることもしない。
私までいなくなったら、兄は死んでしまうだろう。
憐れなおにいちゃん。
私は、兄の首に手をまわして、肩に唇をおしつけた。
「ユカ、ユカ、イってもいい?イっちゃってもいい?」
子供が母に許可を求めるそれのように、兄は私に問うた。
「いいよ、いっぱい出しちゃって」
兄は、幼な子のように微笑んだ。

ひとしきり交わりが終わると、兄は部屋を出て行った。
あとに残された私は、自らの股間から流れる精液をぼんやりと眺めていた。
足に結ばれたロープをたぐりよせ、口にくわえてみる。
「こんなもので縛り付けてる気になってるんだから、おめでたいわよねえ」
私はぽいっとロープを投げ捨てた。
「・・・どうせなら、もっと徹底的にやってくれればいいのに」

ほんとうは、こんなロープ一本、いつだって引きちぎれるのに。
鎖で縛って、私をほんとうに逃げられなくして欲しいのに。
私は望んでここにいるのだと、兄は気づいてくれているだろうか。
私は時々考える。
縛られているのは、どちらなのだろう?